みなさんは「採譜作業」をしたことがありますか?
耳コピーとも呼ばれますが、作曲者なら直接耳で聴きながらDAWに打ち込んでいく人もいれば、演奏目的の人は譜面を作成します。
今日は僕が他人の曲をコピーする時に「身になってないと感じた失敗例」を、作曲と演奏、両方の視点を混ぜて書いていきます。
目次
目的がハッキリしていない採譜をしてた
感情、目標、目的
それぞれ似てるようですが、ちょっと違うんですね。
好きだからコピーする、は感情。
10曲コピーする、は目標
演奏に必要だから採譜する、は目的。
感情は、自分がしたいこと。
目標は、ただの数字、やること。
目的は、自分が手に入れたいもの。
僕もそうだったんですが、最初は好きだから、って感情がコピーや採譜の動機になることが多いです。
問題はその次で、目標と目的がいつのまにか逆転してることがありました。
当時は採譜することで、演奏にプラスになるような何かが欲しかったはずなんですが、段々と「ただ好きでやるだけ」「こなした事実に充実」みたいな感じになってしまったんです。
目的を定めないと、自分がしたいことを数や期間を決めてやるだけの作業、になってたりします。
この年齢になってくると、やるだけ、継続するだけでも大変だと痛感してます。
なので、やるだけでも十分意味があって素晴らしいのですが、目的を定めると視点、気づきが変わってきます。
「再現すること」が目的になってしまってる
作曲してた時の話ですが、耳コピーで再現することに固執してしまい「その先に何を目的としていたのか」を深く考えず、ただコピーを繰り返す時期がありました。
何か得れたような、そうでもないような、、
ただの「自己満足」も多かったです (それはそれで別にいいんですけどね)
再現することで、足りない音はなんだろうか、同じ音圧にならない、そんな分析が大事かなと思ってます。
「採譜すること」で満足してしまう
「音を採るだけで、何か大して演奏に変化がない」
何か学ぶために採譜、耳コピーをしていたのに、いつの間にか
「何曲もやってれば自然に何か身につくだろう」
その先には
「採譜に慣れた自分がいただけ」
採譜が少し早くなっただけで、採譜したフレーズが自分のものになってなく、深掘りせずに広く浅く繰り返すものだから、余計身にならない。
なんとなく、これと決めずに練習を始める感じに似てます。
「目的を決めてないと、得れるモノも右から左へ流れてしまう」
ただ「がむしゃらに食べる」だけではなく「きちんと消化する」ことを意識したいです。
耳コピーには「自分なりの目的」を持つ
自分が耳コピー、採譜する曲は、おそらく仕事でない限り「自分が好きな曲」だと思います。
本格的に採譜する前に、まず曲を聴くと思うので
「どこのパート、フレーズ、響き、が自分は良いと思ってるのか」
なんとなく曲全部を採譜するよりも、焦点を絞ることで身になった経験があります。
作曲や演奏で再現する場合、「完全コピー派」と「部分コピー派」で分かれますが、僕はどちらも自分なりにやった経験があり、どちらも大事だと痛感してます。
ただ、どちらを選んだとしても、取り組む時には「自分が何を得たいのか」これをまず考えることが大事だと思います。
終わりに
学校や課題が出ているうちは良いのですが、1人になると自分で課題を見つけていかなければいけません。
僕は与えられた課題をこなしてる時は、ほとんど思考停止していたと思ってます。
なぜなら、人から与えられた課題だから「これやれば何か得れるんだろうな」という自発性が欠けていたからですね。
例え失敗しても、学べなくても良いから「自分で考えてから取り組む」というのは、何歳になっても大事なことだと思います。