ゲーム音楽の巣

フリー音楽素材サイト「音の園」の管理者及び作曲者。このブログではキーボーディスト、ゲームミュージックの作曲を中心に音楽雑記を書いています。健康第一。

【キーボード】欲しいと思ったシンセへの『自分の価値観』を再考しよう

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キーボード、電子ピアノ、シンセサイザーを買う時に一番大事なことってなんだと思いますか?

それはもちろん人の価値観によって様々です。

そこで今日は「自分の欲しいシンセを選ぶ」という切り口で、鍵盤楽器の購入について考えてみたいと思います。

あとこの一点だけで買うかどうかを決めかねている、という方へ背中を押せるような内容になるといいなぁと思っています。

シンセというと抽象的で幅広いですが、ご自身が「今欲しい」と思っているシンセで想像していただければと思います。

目次

一般的な選択基準

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よくも悪くも一般常識は「何かを選択していく上で一つの指標、軸」になります。

しかし、その一般常識を参考にしても、時には「自分にとって違和感がある」ことがあります。

例えば、自分はこのシンセが欲しいと思っているが、用途を考えると実際は別のを選択すべき、例えばこれが一般常識とします。

で、それを知りつつ何度考えても「やはりこっちのシンセが良い」と思う時があります。

そこで重要なのは「なぜそれでもこっちが良いと思ってしまうのか、を考え抜くこと」です。書いて文字でおこしてしまいましょう。

それが「誰にもないあなたの価値観」なんですね。

まずそれを知ること、自覚することが一番重要です。つまり結果的に選択に失敗したとしても、あぁ、俺はデザイン重視なんだ、と一先ずは知るべきなんですね。

はい、ではデザイン重視だと仮定して話を進めます。

デザイン、見た目で決める基準

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やはりこのシンセは見た目が本当に良い、デザインが魅力的なんだ。

目で見て楽しめるシンセの魅力は計り知れません。

そんな自分の価値観を活かすには、逆に「そのデザインのシンセで表現出来ることを考えること」が重要なんですね。

なぜなら、多くの人は自分の力量を知ると「このシンセはこれが得意だから、自分はこのシンセを選ぶ」という考え方をします。

文字通り、シンセが出来ること、機能性から選択する、という方法です。

シンセはそれぞれ得意なことがありますので、それに沿った使い方が求められることも多いのです。もちろん「自分が使いやすいか」も大事です。

しかし、例えば逆に機能性がすごいことは分かってても、見た目がダサい、イマイチだったとしても、機能性を優先してそれを選択できますか?

デザインや見た目がどれだけイマイチか、という許容範囲はあるにせよ、そこで折り合いをつけるのが人間です。

つまり、それもあなたの価値観。

デザインも機能性もハーフハーフなものを選択するのか、機能性一本で勝負か。

見た目で選ぶなら、その価値も自分の中できちんと整理しておくべきです。

使いこなせるかどうかの基準

機能性だけではその価値を測れないのがシンセの魅力です。

ですが、もちろん「使いこなせなければ意味がない」のは一つの価値観です。

果たして自分が操れそうなキーボードか、これも非常に重要です。

ただ、一つ重要なことがあります。

それはあなたが

「使いこなせるかどうか、をどのようなレベルで考えているのか」ということです。

私もこれについては何度も何度も悩んだことです。

使いこなせてないと不安になる心理

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例えば、20万するシンセがあります。

で、自分はそのシンセの機能を10%くらいしか使いこなせてない、とします。

そこで多くの人が考えてしまうことは、「20万も出して10%しか使いこなせてない」という感じ方です。

これが「機能性だけで考えてしまう、偏った価値観」です。

これで行くと、

¥200000の10%=¥20000 の場合

2万円程度のレベルしか使いこなせてない、性能を引き出せてない、となります。

で、だいたいこれを知ると人は「売ってしまう、手放す」という流れになるんですね。

もしこのパターンで売った経験がある人は、「なぜ自分は売るのか」を真剣に考えたことがありますか? 

それは「値段分の価値を引き出せてないと不安になる」という心理です。

20万もお金を払ったのに、2万しか使いこなせてない、単純に18万円分は損している、または消えている、と錯覚します。

値段が高くなればなるほど、それに満足していなければ人間は不安になります。で、耐えきれなくなり売ります。

満足してない、ということが「使いこなせていない」ということとリンクしているんですね。

例えば使いこなせてなくても、いじってるだけで楽しい、置いてあるだけ、持っているだけ、見ているだけで満足、と割り切ってしまえばまた違うと思います。

ですが無理して買うとだいたいその感情に負けて売ります。

なので無理して買うなら使い倒すぜ! というくらいで行ったほうがいいですね。

andy-hiroyuki.hatenablog.com

もちろん飽きたから、他のが欲しくなったから売る、のは私は全然普通のことだと思いますし、むしろ飽きたなら売るべきです。

その場合、自分には不相応の製品だった、と考えるのも一つの価値観ですが、もう一つのパターンを考えて見ます。

色々な価値のパラメーターを割り出してみる

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私は、そのシンセを 50%〜80% まで使いこなすことだけが価値ではない、と思っています。そう、価値は使いこなすことだけではない、のです。

繰り返し、あなたにとって、そのシンセがデザイン重視な点も含めて選んだのであれば、20%〜60%は「デザインによる固定数値」かもしれません。

その場合、機能的には 10%しか使えてなくても、あなたにとってのそのシンセの価値は30%〜70%なんです。

で、そのほかにも使いやすさ、持ち運びやすさなどが良かった場合、それも価値として10%〜20%になります。

で、残っている、使いこなせてないどうしようもない領域、または自分の努力で使いこなせる可能性が増える領域が10%〜20%あるとすれば、最終的に 20% くらいまで使いこなせれば、シンセへの満足度は100%近くなっているという考え方も出来ます。

自分のそのシンセへの価値は

  • デザイン 25%
  • サウンド 25%
  • 操作性 15%
  • 自分が使いこなせている部分 5%
  • 所有欲 30%

他にも色々ありますが、そんなもんです現実。

それくらい、製品自体の価値が非常に高い、ということです。

特にアナログシンセなど、手で実際につまみを触れる、という操作性の面でソフトシンセでは代用ができない部分もありますし。

つまり、お金を払ったんだから、自分の操れている範囲以外の価値は持っていると考えていいと思います。

繰り返し、その割合は自分の場合、各項目どれくらいなのかを考えます。

ここ整理してないと

「あぁ、やっぱ使いこなせてないのが恥ずかしいなぁ・・・もう売ろっかな」

とかいう思考になっていしまいます。

では、自分が使う場合、あとどれくらいの可能性を引き出せるのか?

そこは焦らずじっくり楽しんで使っていきましょう、と。

シンセの可能性は無限

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世の中にはすごいシンセがたくさん出ています。

で、実際その機能性は「ほぼ無限」ですし、むしろほとんどの人が使いこなせてない領域が80%など普通です (私の勝手な推測ですが、あながち間違ってもいないでしょう)

アナログシンセなど特にそうですが、メーカー側がプレゼンする部分は、やはり「可能性を提示する」というところまでだったりします。

それは重要で、予測できない未知なサウンドや変化、そういう部分に人は自分にしかできない表現があるかも、と思ったりします。

人は「このシンセで出来る可能性がここまでですよ」と買う前から全て分かってしまっていたら、あと考えることは本当に値段だけでしょう。それはつまらないんです。

やはり、シンセが魅力的なのは、値段、デザイン、機能性ももちろんですが・・・何より「未知の可能性」なんですね。 

まだ発見していない使い方やアイデア、そう行った今は目に見えてない部分に期待を膨らませます。で、それを具現化できないと売ってしまうんですが・・・。

それはメーカーからすると、あとは使い手のアイデアや力量次第ですよ、と提示しているんです。

でもそこで「高度に使いこなせてないことが恥ずかしい」と思うことはないと思うんですよね。

全ての機能を使いこなすんじゃくて、一つでも曲に活かす、自分が好きな音色を一つでも弾く、自分なりに活かす、ということの積み重ねが大事です。

もしかしたら、そのシンセの音を聴きたくてライブに見にくる人もいるかも知れません。ならそれが実現できるのは、持ってるあなただけです。

その場合いくらシンセを使えたとしても、持ってなければそれまでです。

このように「所有する」ということの価値を再考してみるのも一つの価値観だと思います。

価格も価値の一つ

シンセは値段が高いこと自体も魅力的です。

誰でも手に届くものを所有していても、やはり値段的な面では価値にはなりません。だから高額なシンセを所有する、のも一つの価値です。

しかしその価値を所有したいのであれば、多くのシンセは時代とともに相場が変化していくので、価値が下がらないシンセを選ぶことが重要になるかもしれません。

買う人が少ない、持っている人が少ないので価値も下がらないんです。

まぁ使い倒すのが人間、と考えると、シンセの価値を引き出すのも人間と言えますが・・・。

最後に

猫に小判、という言葉がありますが、シンセが操れない人が高額な高いシンセを持っていても意味がない、という人も中にはいるでしょう。

実際にそれは一つの価値観です。

ただこの記事で言いたいことは

「まず色々な価値の種類の理解し、そのシンセへの自分の価値観の割合はどうなっているのか」

これをきちんと知ることで、猫に小判というような価値観がえらい小さなことに思えてくるでしょう。

それは文字通り、使えているかどうか、でしか価値を測れていないからですね。

使いこなせないから売る、または自分は買うべきではない、使いこなせないものを持っていたら恥ずかしいかな、という考えは一度捨てても良いと思います。

それよりも、本当に欲しいものを買うべき。

デザインに惚れたならそれも立派な理由、その代わりあまり使いこなせなくても、自分がデザインに惚れた、ということをきちんと理解しておくべきだと思います。

シンセを勢いで買った後、もしくは買う前で色々悩んでいたら、楽器を所有するということを多角的な価値観で再考してみませんか?

そうすれば、きっと胸を張ってそのシンセと付き合っていけるはず。

というわけで、私は最近アートリアの MATRIXBRUTE が欲しいのですが、この記事を書いて自分の欲を抑えようとしています。

そう、値段分使いこなせないのはわかってるんです、でもデザインと可能性を考えるとワクワクします。

シンセの魅力は計り知れませんが、自分がそのシンセの何が好きなのかを理解しつつ、その範囲で楽しむということを忘れたくないですね。