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ゲーム音楽の巣

フリー音楽素材サイト「音の園」の管理者及び作曲者。このブログではキーボーディスト、ゲームミュージックの作曲を中心に音楽雑記を書いています。3月はRPG/オーケストラ系の素材曲を作っています。

『継続』出来ない理由【やり続けるしかない】という普遍性について

悩み・疑問【音楽】 作曲/編曲

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最近ブログの更新頻度が少しずつ回復してきたのですが、物事を続けていくには様々な難関が立ちはだかっています。

スタート自体出来ない、というのは論外になってしまいますが殆どの人はスタートはできると思います。

次に「続かない」という問題が発生します。

おおよそ何をやるにしても1か月〜3ヶ月くらいで壁にぶつかりますね。

私もこのブログを通して、特に作曲を例に「続けることへの難しさ」を書いてきたのですが、完成させれない、というテーマはブログの記事更新にも同じことが言えるのです。

そして、それがいかに自分の内だけの問題であることが多いと思う次第です。

目次

ブログを始めた当初

ブログをやり始めた当初、本当に何も考えずに記事を書いていました。

ブログ自体がほぼ初めてで、何を書けばいいのかも分からず、一つの記事としての在り方についてなども全くわからない状態です。

そうなると殆どメモのような記事で投稿していましたね。

人によってはメモのように使う場合もありますので、メモだから良い悪いの話ではないのですが、明らかに自分にはメモのような表現しかできませんでした。

それが写真を入れると印象が変わり、文字の太さを変えたりすると表現力が増して楽しいと思えてくるのです。

他のブログの見方にも変化が訪れた時でしたね。

最初に書かなくなった時

そもそもメモみたいな投稿でしたので記事を書く、という感じではありませんでしたが、少しは文章らしいことが書けるようにはなっていました。

何を書いていたかと言えば、持っているシンセサイザーの感想でしたね。

今考えると何が言いたいのかさっぱりと分からない記事でしたが、おおよそ伝えたいことはそのシンセの魅力だったと思います。

ただ、自分で読んでいてもイマイチでまだ読者も1人もいない状態です。

書きたいから書いたはずが「書いても読まれてないから書く意味がない」と、いきなり分かったような見切りをつけてしまいます。

実際に書いた記事はメモみたいな感じで「とても読めたものではない」のですから当然の話です。

しかしその代償として、気楽に書けていた、のは間違いありません。誰も読んでないから間違いなく気楽です。

ですが、読んでくれる人が少なからずいると思うと今度は気楽に書けなくなります。

更新が鈍る理由

更新出来ない理由には、やる気が出ない、飽きた、ということ以外にも

自分に力が付いてくること」が起因していると思ってます。

力が付いてくるということは、早い話「成長」しています。

そうすると、今度はなぜか下手なものは書けない、というプレッシャーが生まれます。

多くは匿名でやっているにしても、自分の積み上げてきたことに何かしら愛着や誇りがあるからでしょう。よく方向性を変えた途端に読者が減ることもあるようですね。

それはコンテンツ自体が好きだったのか、それを作っている人そのものを好きだったのかで違います。ファンであれば、その人が作ったものなら何でも好き、という人も中にはいるでしょう。

話が逸れましたが、

何れにしても、成長が継続を妨げる一つの要因になっているのは悲しいことです。

好きに書いていたものが、次第に方向性をどうしたいのかを決めたくなります。

それを真面目に考えているうちに疲れてしまい、やる気が無くなってしまう。

特にこういうのは何事もキッチリやりたい人に多いかもしれません。まぁ何を隠そう、私自身がそうなのですが…。

早く気がついて自分の中で解決したいものですが、結局のところ、続けることでしか本当に自分が発信したいことが分からないこともあります。

そして、未だにそれは続けてみないと分からないから尚更に手を抜けない、と思ってしまうのです。

人生、永遠に学びが必要と思うようになって

人はどこか、「ここまで来たら楽したい」そう思うことが多いかもしれません。

しかしそれは続ければ続けるほどこう自覚するのです。

「全然まだまだ入り口だった・・・」と。

つまり、やり続けるしか道はない、ということです。

しかしやり続けるには、ある程度の力を抜くことが大事です。正確には力の抜きどころを見抜く、そんなイメージです。

さらには自分の好きなことじゃないと継続出来る確率は相当下がる、と身を持って思うようになりました。

しかしこの力を抜く、というのが一番難しい。

どこまで抜けば良いのか、という次の問題が発生するからでしょうね。

正解はなく、自分で決めて良い、自分で決めなければならない、これによっていつまで悩んでいたりします。

実際力を抜くこと自体はとても簡単ですが、本当に全部抜いてしまえばそこに出来上がるのは目も当てられないゴミのようなコンテンツであったりします。

下手をすれば読者の信頼や獲得を失う要因になりうると、どこかでそのように自覚しているからかもしれません。ならば更新しない方がマシだと。

人によって記事を書く目的は違いますので一概に言えませんが、時間をかけて記事を書くわけですから、命を削って記事を書くわけです。

それは作曲もそうで、だからこそ全て自分の未来に繋がるようなものにしたい、そう思うようになります。

意味があるかどうか、という以前に、自分の好きなものでさえないのであれば、それは本当にやっていて虚しく、時間を無駄にする可能性にもなりうるのですね。

最初の一歩が踏み出せない

誰にとってもやりたいことなど本当にたくさんあります。

お金と時間が許すのであれば、いろいろやりたいのですが、それは少し違うと気がつきます。

お金と時間が無限にあれば、そもそもやりたいと思っていることに対しての価値観は変わってくるでしょう。

例えば、やりたいことが100あったとしても、10やったら90はもういいや、と思うかもしれません。

つまり、100もあるけど実際に10もやってみなければ100全部もやりたいと思うか分かりません。

そして、100もあるからと想像するだけで先が思いやられ、やりたいにもかかわらずいつまで経ってもその1が踏み出せないのです。

それは即ち本当にやりたいことじゃないんだよ、という厳しめな切り捨て方もありますが、実際には本当にやってみなければ分からないでしょう。

どれだけ時間を消費のような感覚で処理したところで、何かしら活かそうと思わなければ継続できません。

ゲームが好きでやりたいと思っていますが、全ては時間的に不可能です。

まだやってないうちは、大抵どれもやってみたいと思っています。それは続けることまで別に考えていないからです。

重要なのは、やってみたいことと、続けたいことは違う、と理解すること。

実際にやってみなければ、続けたいかも永遠に分からないままなのです。

「可能性」を感じさせることがいかに大事か

やりたいこと、伝えたいことを発信し続けるしかありません。

それは誰でもわかっていると思います。でもなかなかやれません。

それは少なからず「クオリティを気にしてしまうから」ではないでしょうか?

人は基本的に、クオリティが低いものに「何かしらの魅力」がない限りは寄ってこないでしょう。

その何かしら、を考えたのですが、それは・・・「可能性」ではないかと思います。

可能性が「魅力的」な理由

私は、可能性とは「成長すること」だと思っています。

どんな魅力的なコンテンツや、スーパースターでも活動を続けて成長した先に存在します。

それは本人の努力はもちろん、応援、支援してくれる人がいたからだと思います。

それらは明らかに分かる形での応援か、定期的に訪れてくれるレベルか、毎日チェックしてくれる頻度なのか、完全にファンになってくれたのか。

何れにしても、何度もその媒体に触れる過程で可能性を感じたから、違うでしょうか?

それは定期的な更新、コンテンツの成長で信頼を得た先にあるものだと確信しています。なぜなら自分自身が他のコンテンツを見てそう思うからです。

あの時のあの人が、今ではあんなに有名になった、そういう部分に人は感動するのだと思います。ずっと追い続けてきた人は嬉しいし、たまにチェックしてた完全なファンじゃない人でさえも「おお、マジか」と驚くでしょう。

その時、誰もが思うことが「やっぱり続けたからだよなぁ」という。

ある程度までいっていたら、多少休む日もあっていいのに、そう思うくらいかなりやっていると思っていたのに、それでも休まず続けている・・・なぜできるのか。

どれだけ準備が出来てなくて、恥を晒そうがクオリティが低い時があっても休まない、もうそれさえがコンテンツの魅力にもなり、人間らしさを感じ、共感、応援されるのだと思います。

ダメな時の自分も見せれる人は強い、本当にそう思う次第です。

最後に

何かを発信する人はすべて「クリエイター」だと思います。

クリエイターは必ず成長し、必ず壁にぶつかります。

スタート→壁→成長→壁→成長→壁、の繰り返しです。

しかし進むには「→」続けるしかありません。ゴールはどこだ?

ゴールはないです。

ゴールだと思っていたものは、続けるうちに無限に広がっていく地図の中間地点に変貌していきます。

その各地点では、たどり着いたあなたにしか分からないような価値の宝を発見するでしょう。そしてそれが、また先へ進むための力になるのです。

進めば進むほど、新しい世界が見えてきます。

やり続けるしかありませんね。